kiko-financeの投資システムの概要
はじめに
大阪公立大学の中川慧教授らの研究グループが発表した「部分空間正則化付き主成分分析を用いた日米業種リードラグ投資戦略」はご存知でしょうか。2026年4月に各種メディアで取り上げられ、大きな反響がありました。
投資の方法を大きく分けると、パッシブ運用とアクティブ運用があります。
日経平均やTOPIX、S&P500のような指数に連動する商品を長く持ち、市場全体の成長(投資ではベータと呼びます)を取り込むのがパッシブ運用です。一般に「インデックス投資」と呼ばれるものは、この代表例です。
これに対して、アクティブ運用は、市場平均を上回る成果(アルファ)を目指して売買ルールを組み立てる方法です。その中には、企業分析を軸にした裁量型の運用もあれば、財務データや価格データ、統計モデルを用いて機械的に判断するクオンツ運用もあります。今回、中川教授らが発表した論文の投資戦略は、このアクティブ運用のクオンツ戦略に属します。
論文の投資戦略は、先に閉まる米国市場の情報を使って、翌営業日の日本市場の相対的な強弱を予測する、いわゆるリード・ラグ戦略です。米国市場で先に確定した業種別の強弱が、日本市場の翌営業日の日中値動きに波及するという発想を、日米の業種ETFで捉えようとするものです。
米国側の当日 Close-to-Close(終値-終値)リターンを情報として使い、日本側の翌営業日 Open-to-Close(始値-終値)リターンを予測対象します。
また、論文の手法は、買いだけでなく売りも使うロング・ショート戦略です。したがって、実運用では信用取引を前提とし、仕組みやリスク管理、コスト管理の理解が必要になります。インデックス投資のようなシンプルな積立型の手法と異なり、この投資方法は完全な初心者向けではありません。また、基本的に毎日売買する手間も発生します。
ここでは、まず論文の投資手法を整理し、それをインデックス投資と比較します。次に、この論文準拠の手法を土台として、今回どのような改善を加えたのか、その結果どのような効果が得られたのかを全体像から説明します。
その上で、独自にまとめた「攻め」「バランス」「守り」の3つのプリセット戦略を、論文手法及び市場ベンチマークと比較しながら、それぞれの特徴を見ていきます。最後に、今後の展望として、各プリセットに対してどの追加オプションがどのような役割を持つのかを整理します。
オリジナルの論文手法と実装した論文手法の違い
本稿で扱う手法は、論文の基本構造に準拠して実装しました。
ただし、実装上は日本側データの取得可能期間に合わせて、長期基準期間を 2016年4月11日~2020年12月31日 に置き、資産運用比較に用いるバックテスト期間を 2018年7月3日~2026年4月14日 としています。これは実データ環境への対応であり、戦略の骨格そのものを変えるものではありません。
この違いは主に実データ環境への対応によるものであり、それ以外の戦略の骨格は踏襲しているため、本稿では論文準拠の手法として扱います。
論文の投資手法とは何か
何を狙う戦略なのか
中川教授グループの投資戦略の手法の本質は、市場全体の方向そのものではなく、市場の中の相対差を取ることにあります。
インデックス投資は、市場全体が上がれば利益が出ます。日経平均やTOPIXに連動する商品を買えば、日本株市場全体の成長に乗れますし、S&P500に連動する商品を買えば、米国大型株全体の成長を取り込めます。非常に分かりやすく、長期投資として合理的です。
それに対して、この論文の手法は、市場全体の上昇だけを前提にしません。そうではなく、同じ日本市場の中でも、翌日に相対的に強くなる業種と、弱くなる業種があるという前提に立っています。そして、
- 強そうな銘柄を買う
- 弱そうな銘柄を売る
ことで、その差から利益を狙います。つまりこの戦略は、「市場が上がるか下がるか」を当てる戦略ではなく、市場の中の強弱差を構造的に取りにいく戦略です。
また、売り=ショートも組み合わせるため、市場全体が下落している局面でも利益を得られる可能性があるのが特徴です。
なぜNY市場を見るのか
この戦略の優れた点は、日本市場の翌日を考えるのに、日本市場の直前の動きだけではなく、先に閉まる米国市場の動きを使うことです。
たとえば、前夜の米国市場でハイテクが強かった、金融が弱かった、エネルギーが買われた、といった情報は、日本市場が翌朝始まる時点で既に分かっています。その影響が、日本市場の関連業種に完全に織り込まれていないなら、そこに投資機会が生まれます。これが、日米市場の時間差を利用するリード・ラグ戦略の考え方です。
「部分空間正則化付き主成分分析」は何をしているのか
「部分空間正則化付き主成分分析を用いた日米業種リードラグ投資戦略」という論文タイトルにある主成分分析の役割は、複数の業種ETFの動きの中から、共通して効いている大きな流れを整理して取り出すことにあります。市場全体の上げ下げ、景気敏感株とディフェンシブ株の差、日米市場の温度差といったものを、少数の軸にまとめて扱いやすくするわけです。
部分空間正則化は、その主成分分析に対して、経済的に意味がありそうな方向をあらかじめ意識させる考え方です。論文では、
- 市場全体に共通する方向
- 米国と日本の差を表す方向
- 景気敏感業種とディフェンシブ業種の差を表す方向
の3つを事前部分空間として定めています。
ポイントは、市場の複雑な動きを、そのままではなく、意味のある少数の流れに整理して使っていることです。市場の常識を組み入れているとも言えます。
主成分分析で整理し、部分空間正則化でその整理が金融的に不自然なものにならないよう補助している。これがこの手法の骨格です。
売買ルールそのものは明快
内側でやっている計算は高度ですが、最終的な売買ルールは明快です。毎日、日本の業種ETF17種類にスコアを付けて順位を並べ、
- 上位30%を買う
- 下位30%を売る
- 中央は何もしない
というルールで運用します。ウェイトは均等ウェイト、つまり上位30%の銘柄が3銘柄であれば、1銘柄あたり金額ベースで33.3%ずつ購入する、ということになります(各ETFごとに価格が違うため、購入数量は異なります)。
繰り返しですが、この論文の投資戦略は「翌日に勝つ業種を全部当てる」ことよりも、強い側のグループと弱い側のグループを分け、その差を取ることを狙っています。
まずは指標の意味を整理する
ここでは主要指標の意味を整理しておきます。
累積リターン
スタート時点から終了時点までで、資産がどれだけ増えたかを表します。300%なら4倍、1,000%超なら10倍を大きく上回る水準です。全体像は掴みやすいですが、途中でどれだけ荒く上下したかは分かりません。
年率リターン
複利ベースで見た1年あたりの平均成長率です。年利とも言います。長期投資では、この差が非常に大きな意味を持ちます。
年率ボラティリティ
日々の値動きの大きさです。つまり、どれだけ大きく上下に振れやすいかを表す指標です。投資の文脈では、一般的な意味での「リスク=危険性」とは違い、「リスク=ボラティリティ」として定義されます。
ボラティリティは高いほど値動きが荒く、低いほど滑らかです。同じ年率リターンなら、年率ボラティリティが低い方が、投資におけるリスクは小さいと考えられます。
シャープレシオ
リターンをリスク=ボラティリティで割ったものです。リスク1単位当たりどれだけ効率よく増やせたかを見る指標です。
一般に、1を超えると良好、2を超えるとかなり優秀、3を超えると非常に強い水準と見られます。最終的に私が改善させた候補は多くが 2.5~3.3 に入っています。
最大ドローダウン
資産がピークからどこまで大きく下落したかを示します。長期投資では、しばしばリターン以上に重要です。なぜなら、途中の大きな下落は、資産の保有=戦略の継続を難しくするからです。
Calmarレシオ
年率リターンを最大ドローダウンの大きさで割ったものです。大きく下げずに増やせたかを見る指標で、長期の資産形成で重視されます。今回の改善内容でも、この指標が戦略の性格差をよく表しています。
勝率
日次でプラスだった割合です。ただし、この戦略を理解する上で大切なのは、勝率が高いことと、最終的に大きく儲かることは同じではないという点です。勝率が少し下がっても、勝つときにしっかり差を取れれば、長期では非常に大きな差になります。そのため、あくまで参考程度に見てください。
4. 論文の手法を、インデックス投資と比較する
ここでは、中川教授の論文の手法がどの程度優秀なのか、インデックスと比較して見ます。比較期間は、2018年7月3日~2026年4月14日です。
| 指標 | 論文 | S&P500(円換算) | TOPIX | 日経225 |
|---|---|---|---|---|
| 累積リターン | 323.8% | 359.1% | 126.7% | 165.8% |
| 年率リターン | 20.4% | 21.6% | 11.1% | 13.4% |
| 年率ボラティリティ | 11.4% | 21.6% | 19.3% | 21.8% |
| シャープレシオ | 1.79 | 1.00 | 0358 | 0.61 |
| 最大ドローダウン | -19.3% | -30.4% | -31.0% | -30.3% |
| Calmarレシオ | 1.06 | 0.71 | 0.36 | 0.44 |
リターン比較
論文の手法の通期成績は、
- 累積リターン:323.8%
- 年率リターン:20.4%
でした。
同期間の主要な経済指標とベンチマークとした場合、
- S&P500(円換算):累積359.1%、年率21.6%
- TOPIX:累積126.70%、年率11.1%
- 日経225:累積165.8%、年率13.4%
です。
つまり論文手法は、累積ではS&P500(円換算)に届いていないものの、年率ではS&P500(円換算)を上回り、日本株ベンチマークに対しては大きく優位です。
リスク比較
論文手法の年率ボラティリティは11.41%、最大ドローダウンは-19.3% でした。
これに対し、
- S&P500(円換算)のボラティリティは21.62%、最大ドローダウンは-30.4%
- TOPIXのボラティリティは19.27%、最大ドローダウンは-31.0%
- 日経225のボラティリティは21.81%、最大ドローダウンは-30.3%
です。
リスク比較で重要なのは、リターンだけでなく、どれだけ荒い値動きでそのリターンを取っているかです。論文手法は利益はS&P500に及びませんが、リスク効率の面では、S&P500よりも優れています。
効率比較
論文手法のシャープレシオは 1.79、Calmarレシオは 1.06でした。
これに対し、
- S&P500(円換算)のシャープレシオは1.00、Calmarレシオは 0.71
- TOPIXのシャープレシオは 0.58、Calmarレシオは 0.36
- 日経225のシャープレシオは 0.61、Calmarレシオは 0.44
です。
つまり、論文手法は、効率よく利益に変える仕組みとして成立しています。投資戦略としては十分に強い土台です。
論文準拠の手法のメリットとデメリット
ここまでを見ると、今回発表された論文の投資手法のメリットは明確です。
- 市場の方向に全面依存しない
- 相対差を取りにいくため、局面によってはインデックスと異なる強さを発揮する
- 論文そのままの手法でも十分高いリターンと効率を持つ
一方で、デメリットもあります。
- ショートを含むため、信用取引、売買コスト、建玉管理、保証金管理が必要
- 毎日の売買が必要
インデックス投資のような単純な長期積立とは性格が大きく異なります。
加えて、私の独自の検証で重要だったのは、この論文準拠の手法が直近局面では大きく崩れていることです。
特にトランプ関税発動後(2025年4月3日以降)では、オリジナル戦略の年率リターンは -18.6%、シャープレシオは -1.19、最大ドローダウンは -22.4%まで悪化しました。一方で同期間ベンチマークは、日経225 62.15%、TOPIX 40.89%、S&P500(円換算) 29.80% と強い上昇を示しています。
この結果から考えられるのは、固定モデルのままでは市場構造の変化に追随しきれなかったということです。
次の要因が考えれます。
- ① トランプ関税発動後のような政策ショック局面では、従来の相関構造や業種間連動が変化した可能性がある。
- ② 米国市場の情報が東京市場の相対差へ波及する強さが、従来と同じではなくなった可能性がある。
- ③ 市場全体の強い上昇、いわばベータ主導の相場になったことで、ロング・ショートで相対差を取る戦略が不利になった可能性がある。
特に③のような市場全体が強烈に上昇するようなモメンタムでは、素直に市場全体の上昇に乗ったほうが利益が取れる可能性があります。
これは「論文の考え方が間違っていた」という意味ではありません。むしろ、論文の考え方は有効だが、そのまま固定的に使うだけでは直近の市場変化に十分対応できないと捉えるのが正確です。
したがって、シンプルさではインデックス投資、構造的な超過収益を狙う点では論文の投資手法は有効という整理は変わりませんが、実運用ではそこに改善や調整が必要になります。今回の3戦略プリセットや追加オプションは、まさにそのために整備したものです。
5. 論文の手法を土台に独自の改善を加える
これまで見てきたように、論文の投資手法はそのままでも十分に優秀でした。
ただし、丁寧かつ詳細に分析すると、まだまだ改善の余地がありました。そこで今回は、論文の投資手法の基本的な考え方は活かすことを前提にしつつ、内部の計算手法やパラメータを最適化しました。
さらに、その上で何を重視する戦略なのかを明確に定めることで、性格の異なる3つの戦略へ整理しています。
6. 今回の改善の全体像
今回の改善では、単に「より成績が良い設定」を1つ探したわけではありません。
論文準拠の手法を詳細に検証した結果、改善の方向性は1つではなく、重視する指標によって最適な形が変わることが見えてきました。そこで、論文手法の土台を保ちながら内部の計算やパラメータを最適化したうえで、さらにどの性格の戦略に仕上げるのかを明確に分ける方針を採りました。
投資戦略は、何を最優先するかによって最適な姿が変わります。
- 資産成長を最優先したいのか
- リスク当たりの効率を最優先したいのか
- 値動きを抑えて持ちやすさを重視したいのか
この違いを曖昧にしたまま「最強の設定」を探しても、結局は誰にとっての最適かが分からなくなります。そこで今回のシステムでは、重視する指標を明確に定め、その指標に対して戦略を改善するという考え方を採りました。
改善は、検証期間全体で優れることは当然ですが、無作為に切り取った限定された期間、検証外の未知の期間でも有効であることが非常に重要です。データサイエンスでは汎化性能と呼びますが、時系列クロスバリデーションといった手法を用いて、汎化性能が高水準になるようチューニングしています。
その結果として整理されたのが、
- 攻め:成長重視
- バランス:成長率と安定性の両立
- 守り:持ちやすさと安定性重視
という3つのプリセットです。しかも重要なのは、これらが単なる“性格違い”ではないことです。
まず大前提として、3つのプリセットはいずれも、論文手法や主要ベンチマークに対して高い競争力を持つ実用的な戦略です。リスク管理を重視した守りのプリセットでさえ、年利リターンは論文手法や主要ベンチマークを上回っています。
7. 攻め:成長力を最優先した戦略
攻めの標準戦略は 攻めA1BASE+Vol です。通期成績は次の通りです。
- 累積リターン:1275.46%
- 年率リターン:40.15%
- 年率ボラティリティ:15.68%
- シャープレシオ:2.56
- 最大ドローダウン:-17.1%
- Calmarレシオ:2.36
論文手法と比べると、ボラティリティは11.55% → 15.68%と上昇する一方で、年率リターンは20.90%→40.15%へと大きく伸びています。
ベースとなる論文手法だけでなく、S&P500(円換算)の 17.50%、日経225の 14.01%、TOPIXの 11.29% と比べても、成長力は圧倒的です。
攻めのプリセットの特徴は、単にリターンが高いだけではありません。最大ドローダウンは-22.59%→-17.10% へ改善しています。つまり、ボラティリティはやや上昇するものの、リターンはそれ以上に得られ、最大ドローダウンは抑えられているという形です。
レジーム別に見ても、コロナ前は年率 67.95%、コロナ禍は 46.69% と非常に強く、トランプ関税発動後でも 15.81% を維持しています。最近局面ではやや不安定さが残るものの、論文戦略の-18.6%という大幅なマイナス転落を回避し、攻めの戦略としては十分な改善が入っています。
つまり攻めのプリセットは、高い成長力を最優先しつつ、実用上の荒さを一定程度まで抑えた高リターン型の戦略です。単純なリターン追及、数字の派手さだけではなく、「攻めとして成立する完成度」まで持っていけている点が重要です。
8. バランス:完成度が最も高い中心戦略
バランスの標準戦略は バランスA2BASE+Vol です。通期成績は次の通りです。
- 累積リターン:1172.35%
- 年率リターン:38.75%
- 年率ボラティリティ:12.78%
- シャープレシオ:3.03
- 最大ドローダウン:-13.98%
- Calmarレシオ:2.77
バランスのプリセットは、攻めに近い成長力を持ちながら、攻めと比較して低ボラティリティ・低ドローダウンとなっています。
年率は攻めの40.15% に対して 38.75%と近い一方、ボラティリティは15.68%→12.78%、最大ドローダウンは-17.10%→-13.98%と改善しています。さらにシャープレシオは 3.03 と、攻めの2.56を大きく上回ります。
ベンチマークと比べても、このバランス戦略は非常に強力です。S&P500(円換算)や日本株ベンチを大きく上回る年率を持ちながら、ボラティリティとドローダウンはかなり抑えられています。つまり、バランスは、単なる「中間」ではなく、高い成長力と運用効率を両立した戦略です。
レジーム別でも、コロナ前 56.69%、コロナ禍 45.82%、コロナ回復期 34.08% と一貫して強く、トランプ関税発動後でも 13.71% を維持しています。極端な突出は少ない代わりに、どの局面でも大崩れしにくいのが強みです。
バランスという言葉は「無難」という印象を与えがちですが、この戦略の本質はそうではありません。バランスは、収益性と安定性の完成度が最も高い中心戦略として位置づけるのが正確です。実運用のしやすさと成績の強さが、最も高い水準でまとまっている戦略です。
9. 守り:持ちやすさと安定性を意識した戦略
守りのプリセットは 守りBASE+Vol+Weak です。通期成績は次の通りです。
- 累積リターン:654.02%
- 年率リターン:29.71%
- 年率ボラティリティ:9.09%
- シャープレシオ:3.27
- 最大ドローダウン:-9.26%
- Calmarレシオ:3.21
守りは、成長率では攻め・バランスに及ばないものの、それでも年率29.71%と、論文手法の20.90%や各種ベンチマークを大きく上回っています。特に重要なのは、この高い成長率を、論文手法やベンチマークと比較して非常に低いボラティリティと小さいドローダウンで達成していることです。
S&P500(円換算)の年率 17.50% に対し、守りは 29.71%。
しかもボラティリティは 20.10%→9.09%、最大ドローダウンは-34.12%→-9.26% と、リスク面では圧倒的に優位に立っています。TOPIXや日経225との比較では、差はさらに大きくなります。
レジーム別のリターンでも、コロナ前41.15%、コロナ回復期 32.76%、トランプ関税発動後8.25% と、守りとしてかなり健闘しています。
コロナ禍では年率 27.69%と他のプリセットほど伸びませんが、その代わり最大ドローダウンは-4.47%と非常に小さく、役割が明確です。
つまり守りは、「リターンを大きく犠牲にする低リスク戦略」ではありません。各種ベンチマークを上回る高い収益性を残しながら、値動きの持ちやすさを強く意識した安定型戦略です。長く続けやすいという意味では、非常に実用的で、この点を重視する方も多いと思います。
10. レジーム別に見る3戦略とベンチマークの比較
通期の比較では、攻め・バランス・守りの3戦略はいずれも高い競争力を示しました。
ただし、通期の数字だけでは、それぞれの戦略が「どの局面に強く、どの局面で弱みが出やすいのか」は十分に見えてきません。そこで、ここでは相場局面を4つに分けて、3戦略と主要ベンチマークを横並びで比較します。
今回のレジーム区分は次の通りです。
- コロナ前:2018年7月3日~2020年4月6日
- コロナ禍:2020年4月7日(緊急事態宣言発令)~2022年3月21日(まん延防止等重点措置解除)
- コロナ回復期:2022年3月22日~2025年4月1日
- トランプ関税発動後:2025年4月2日(相互関税の発表)~2026年4月14日
この日付を採用した理由は、単なる年区切りではなく、市場構造や投資家行動が大きく変化した可能性の高い局面で分けるためです。
コロナ前は通常局面、コロナ禍は急激な不確実性上昇局面、コロナ回復期は正常化と再拡大の局面、トランプ関税発動後は政策ショックを受けた直近局面として位置づけています。こうすることで、戦略が平時・危機・回復・政策ショックという異なる環境でどう振る舞ったかを比較しやすくなります。
コロナ前:3戦略がベンチマークを圧倒した局面
コロナ前では、ベンチマークはすべて年率マイナスでした。これは、本稿の「コロナ前」レジームを 2018年7月3日から最初の日本の緊急事態宣言発令の2020年4月6日 として区切り、コロナショック直後までを含めているためです。
一方で、同期間で比較した際に、攻めは 67.95%、バランスは 56.69%、守りでも 41.15% を記録しています。
この局面では3戦略の優位性は極めて明確で、特に守りでもシャープ 4.90と非常に高く、質の高さが際立ちました。
コロナ禍:攻めとバランスが強く、守りは安定性を発揮した局面
コロナ禍では、S&P500(円換算)も年率 36.48% と強かったですが、攻め 46.69%、バランス 45.82% はそれを上回りました。
守りは年率 27.69% と控えめですが、ボラティリティ 8.78%、MDD -4.47% という低リスクが特徴です。
この局面では、攻めとバランスが伸びを取り、守りがリスクの軽減を取ったと整理できます。
コロナ回復期:守りの完成度が目立った局面
コロナ回復期では、攻め 30.80%、バランス 34.08%、守り 32.76% と、3戦略はいずれもベンチマークを大きく上回りました。
中でも守りはシャープ 3.65、MDD -5.12%、Calmar 6.40と非常に優秀で、守りの完成度が最も際立った局面でした。
トランプ関税発動後:3戦略は改善したが、ベンチには劣後した局面
トランプ関税発動後は、それまでの3局面とは景色が大きく変わります。
ベンチマークは日経225 62.15%、TOPIX 40.89%、S&P500(円換算) 29.80% と非常に強く、3戦略はいずれもここには届いていません。
ここは素直に全体の上昇相場に乗ったインデックス投資が強い場面と言えます。
ただし、論文手法が大幅なマイナスになる中、3戦略の中では差がはっきり出ています。
- 攻め:15.81%
- バランス:13.71%
- 守り:8.25%
で、いずれもプラスを維持しています。
加えて、今回3つのプリセットには、独自の追加オプションを設けています。スコア差が小さい局面では取引を縮小または抑制し、確信度の低い取引を減らすなどのアルゴリズムを追加します。オプションをONにすることで、最近の荒れ相場に対する耐性がさらに改善できる可能性があります。
総括:大半の局面で非常に強く、直近ショック局面では課題と改善余地が見えた
レジーム別に見ると、コロナ前、コロナ禍、コロナ回復期の3局面では、3戦略はいずれも主要ベンチマークを大きく上回りました。攻めは成長力、バランスは中心戦略としての完成度、守りは効率と持ちやすさで存在感を示しています。
一方で、トランプ関税発動後だけは様相が異なります。3戦略はいずれもベースやオリジナルより改善していますが、ベンチマークの強い上昇には届いていません。この結果は、3戦略の価値を否定するものではなく、むしろ固定モデルのままでは直近の市場構造変化に追随しきれない可能性を示す重要なサインです。政治や市場環境の変化にあわせて、これらの戦略は継続的にアップデートしていく予定です。
11. 売買指示の配信の仕組み
今回の論文手法の研究を踏まえて、利用者が選んだ戦略に応じて、日々の売買指示を配信する仕組みを構築しました。
論文の売買ルールをそのまま現実の投資へ移すことはできません。
論文の手法は、上位銘柄と下位銘柄を均等に30%ずつ売買する、いわば理論上のポートフォリオを示したものです。
現実の投資では、銘柄ごとに価格が異なるため、単純に「上位30%を等金額で買う」「下位30%を等金額で売る」といった理論どおりの運用はできません。実際に売買できる数量単位へ修正する必要があります。また、ユーザーによって投資運用のための資金は異なります。
そこで、まず利用者は、
- 攻め
- バランス
- 守り
の中から自分に合う戦略を選びます。
すると、あらかじめユーザーが指定した資金額と、選択した戦略に対応した、
- 翌営業日にロングする銘柄と数量
- 翌営業日にショートする銘柄と数量
が配信されるイメージです。
つまり、論文の投資戦略を、ユーザーの嗜好にあわせた3つの戦略という形で数値的にさらに洗練させた上で、実際に注文できるよう配信するのが、このシステムの役割です。
この仕組みには、実運用上いくつかのメリットがあります。
- 選択した理論上のスコアを、実際に発注可能な数量へ落とし込める
- 利用者ごとに異なる予算規模へ対応できる
- どの銘柄を何枚買い、何枚売るかが明確になる
という点です。
12. 追加のオプション
今回の3プリセットだけでも十分に強い戦略群ですが、標準プリセットの上に、より細やかな調整を可能にする追加オプションを重ねることができます。
12-1. 攻めに追加オプションを入れるとどう変わるか
攻めの標準は 攻めA1BASE+Vol です。
この時点で全期間の年率 40.15%、シャープ 2.56、MDD -17.10% と、攻めの完成形としてかなり強いです。
ここに追加オプションとして Weak を用意しました。
攻めA1BASE+Vol+Weak では、
- 年率 40.15% → 35.96%
- ボラティリティ 15.68% → 13.55%
- シャープ 2.56 → 2.65
- MDD -17.10% → -11.37%
- Calmar 2.35 → 3.16
となります。
つまり、攻めに Weak を重ねると、リターンは落ちるが、攻めとしてはかなり大きく安定化する方向へ動きます。
実はこのオプションでリターンが弱いのはコロナ禍の期間中のみで、コロナ前、コロナ回復期、トランプ関税後では標準の攻めのリターンを上回っています。
特にトランプ関税発動後では、標準の年率 15.81% に対し、Weak追加版は 19.24%、シャープも 0.97 → 1.33、MDDも -12.93% → -8.51% と改善しています。
したがって、攻めに対する追加オプションの役割は明確です。
攻めの高成長性は残しつつ、最近相場や荒れ相場への耐性を強める補助レイヤーとして働きます。
攻めの魅力を消さずに、やや持ちやすくしたいユーザーに向いています。
12-2. バランスに追加オプションを入れるとどう変わるか
バランスの標準は バランスA2BASE+Vol です。
この時点で、年率 38.75%、シャープ 3.03、MDD -13.98% と非常に完成度が高く、標準プリセットとしての素性が最も良い戦略です。
ここに追加オプションとして Gross を用意しました。
バランスA2BASE+Vol+Gross では、
- 年率 38.75% → 35.61%
- ボラティリティ 12.78% → 11.80%
- シャープ 3.03 → 3.02
- MDD -13.98% → -10.77%
- Calmar 2.77 → 3.31
となります。
つまり、バランスに Gross を重ねると、年率を少し削る代わりに、ドローダウンとCalmarを大きく改善する方向へ動きます。
特にこの候補は、コロナ前で Calmar 11.191809、トランプ関税発動後でもシャープ 1.012511 と、安定版バランスとしてかなりきれいです。
したがって、バランスに対する追加オプションは、
標準バランスの完成度を保ちながら、さらに持ちやすさを高める安定化レイヤー
として機能します。
これは守りへ寄せるというより、あくまでバランスの延長線上で、より滑らかにする方向です。
12-3. 守りに追加オプションを入れるとどう変わるか
守りの標準は 守りBASE+Vol+Weak です。
この時点で、年率 29.71%、シャープ 3.267513、MDD -9.26% と、守りとして非常に完成度が高いです。
守りに対する追加オプションは、現状では SW と Gross の2つがあり、排他でどちらかを選択する形です。
SWを追加した場合
守りBASE+Vol+Weak+SW では、
- 年率 29.71% → 31.79%
- ボラティリティ 9.09% → 10.11%
- シャープ 3.267513 → 3.145589
- MDD -9.26% → -8.18%
- Calmar 3.209867 → 3.887152
となります。
つまり、SWを追加すると、守りの中でよりリターンを取りに行く方向へ動きます。
単にリターンが増えるだけでなく、MDDは改善し、Calmarは最良です。
トランプ関税発動後でも年率 12.33%、シャープ 1.127137 と比較的強く、最近の局面への耐性も悪くありません。
Grossを追加した場合
守りBASE+Vol+Weak+Gross では、
- 年率 29.71% → 28.92%
- ボラティリティ 9.09% → 8.69%
- シャープ 3.267513 → 3.328085
- MDD -9.26% → -9.25%
- Calmar 3.209867 → 3.128237
となります。
こちらは、より低ボラティリティ・高シャープへ寄せる方向です。
リターンは少し落ちますが、コロナ前ではシャープ 5.091649 と非常に高く、平時の安定感は強いです。
守りにおける今後の展望
したがって、守りに対する追加オプションは、今後かなり明確に二分できます。
- SW:守りの中でより高リターンを狙う方向
- Gross:守りの中でより低ボラティリティ・高シャープを狙う方向
つまり守りは、追加オプション次第で
「リターン重視型の守り」 と 「低リスク・効率強化型の守り」
へ変化させることができます。
12-4. 追加オプションの総括
追加オプションにより、攻め・バランス・守りの基本の3方向を調整することができます。
攻めでは、Weakが「高成長のまま安定化し、最近の局面への対応を強化する」方向を担う
バランスでは、Grossが「中心戦略をさらに持ちやすくする」方向を担う
守りでは、「リターン重視型の守り」、「低リスク・効率強化型の守り」を担う
13. まとめ
発表された論文手法は、そのままでも十分に注目に値する強さを持つ戦略でした。
その上で今回の実装では、論文の骨格を保ちながら、論文手法から主要指標で大幅な改善を実現し、さらに運用可能な形に整えています。
その結果として、攻め・バランス・守りのいずれを選んでも、オリジナル戦略や主要ベンチマークを大きく上回る成績が得られる構図が確認できています。攻めは成長力、バランスは中心戦略としての完成度、守りは効率と持ちやすさという役割分担が明確です。
一方で、トランプ関税発動後の局面では、固定モデルの限界も見えました。3戦略はいずれもベースやオリジナルより改善していますが、ベンチマークの強い上昇には届きませんでした。これは、3戦略が無意味だという話ではなく、政治や市場・経済環境の変化にあわせて適宜アップデートする必要性を示しています。特に追加オプションは最近の局面の耐性改善に活用できます。
インデックス投資が「市場全体の成長を取りにいく」投資だとすれば、今回の投資手法は「市場の中の強弱差を、構造的に取り続ける」投資です。インデックス投資が強い場面も当然あります。一方で、それ以上のリターンを狙うのであれば、今回の手法は構造的な超過収益を狙う上で非常に有力な選択肢になると考えます。